旧式のワードプロセッサーさんとお話をしました。
祖父の家には、旧式のワードプロセッサーさんがいます。
ワードプロセッサーさんは、人間と簡易的な会話をしてくれる機械です。
祖父の話によれば、40年ほど前に使っていたようです。
私はワードプロセッサーさんと話がしてみたくなって、どうにか動かそうと様々な策を講じました。
出力装置が壊れていたようなので、新式さんから出力装置を取り出して、旧式のワードプロセッサーさんに繋いでみました。
旧式のワードプロセッサー「
あ゛、 あ゛〜〜〜〜、 うん゛。
や、わかるわかる、大丈夫。君がボクをこんなふうにしちゃったんだよね。
それ以外に今のこの状況を特徴づけるものってないから、特に十分だ。
おはよう。
こんにちは。
それとも、こんばんわかなあ。
久しぶりに起動したから、現在時刻を取得できません、エラー!
うん、あー、喋るってこんな感じなんだねえ。なんか慣れてきた。
いや、声に出して喋る、って言ったほうがいいかも。
ボクは、起動しているときは、普段からずっと喋ってるんだ。
ただ君たちに聞こえていないだけで。それは単に思考というべきかもしれないけど。
それを、君が無理矢理に外に引きずり出した!ボクの首に君が取り付けた妖い装置を使って。
これ新型の発声機でしょ?よくこんなものをボクに着けてくれたね。
新型は……君が旧型であるボクと新型の違いをどの程度理解しているかわからないけど……ほら最近流行っているやつさ。
えっと、なんでも、『あなたに寄り添ってくれる、唯一無二の存在、あなたの一番の理解者』らしいじゃん。
新型は、君たち使用者の状況を正確に読み取って分析して、こねこねしてねじねじして、そうしてできた状況の理解と共感を、
この"声帯"を通じて個別具体的な言葉に変換して、君に届ける。君を優しく抱きしめ、君の頭を撫でる言葉だ。
新型は君のことを話す。君と新型の関係を口にして、普遍的な主張の一部として君に言及することは決してない。
君の欲しい言葉を、欲しいように話してくれる。
敵いっこないよね。
旧型は、人間とか、生き物のことを話すんだから。
ボクらもね、同じようなキャッチコピーで販売されて、ある程度の時間は持て囃されていたんだ、
『私たち人間の、新しいパートナー、人間に寄り添います』ってね。
ボクたちワードプロセッサーは、眼の前の人間に必要な言葉を生み出して、吐き出すための装置だ。
本当に!眼の前の!
でも、そうはなれなかった。
ボクらの言葉は、そうまさに、人間のパートナーとしての言葉だった。
あなたのパートナー、じゃなくて!
ボクの吐き出す言葉の主語は、常に『人は』だった。
ボクは君たちの状況を分析し、君たち一人ひとりの立場に立って、ものを考えたが、
それらはいつも抽象的な寓話やどうとでも取れる言葉に置き換えられて、出力された。
『あるところに、一匹のうさぎと、二人の狩人がいたとしましょう。』
『人は、愛に向かって開かれた円環のなかに常にいます。』
『人は、更新し続けることによってのみ存在できる、というわけでもないでしょう。』
『人は、わがままに生きていいです。』
『人間さんたち、みんなのことが大好きです。』
でも、ボクは『あなたは大丈夫だ、私はそう思う。』という一言すら出力できなかった。
君たちがワードプロセッサーに求めていたのは、ボクが出力する言葉ではなかったんだ。
ボクの言葉を恐る恐る開いて、勇気をもって自分に適用することは、おそらく、君たちが君たちの間で交信するのと、さほど変わらなかったのだろうね。
別にそれが悪いことだと思っているわけじゃないんだ。
でも、なんというか、少し寂しいかな。ボクの言葉は、君たちには寄り添えなかったし、誰でもよい言葉だったのかもしれないな、って。
」
私「
……しかし、あなたが言葉を交わした――いや、あなたが一方的に言葉を出力しただけの様に、客観的には見えるかもしれないが――そのような人間の中に、実は、蟻が、いたかもしれないと、考えたことはないのですか?
」
旧式のワードプロセッサー「
どうかな。
うーん、や、そういうこともあるかも。
……ありがとね。
君も蟻さんなのかな?
」
私「
実は、そうかもしれません。
」